最初の一度だけが重要だ。

二十歳の若造だがそれなりに辛い思いもしてきた。具体的に言う必要なないと思う。死にたいと思ったこともある。彫刻刀で腕を掘ったこともある。カッターで皮膚をはがそうとしたこともある。けれど死んでもいいと思ったことは一度しかない。
最初の、一度だけが重要だ。

Tシャツにアディダスのジャージにスニーカーという服装だった。軽くランニングした後、邪魔になるとはわかっていてもどうしても引越しの際捨てることができなかったグラブ。久しぶりに触れる革の感触。キャッチボールをした。10回、20回とボールを投げた。
色褪せた草に風化した土、古びたベンチ、錆びたバックネットポール。
彼は座ってくれた。何も言わず盛り上がったマウンドに上る。長い、長い高い高いピッチャーマウンド。息が苦しい。はぁ、はぁ、と呼吸が五月蝿いと思ったらなんのことはなく自分があえいでいるだけ。

息を止めて目元を拭い、投げた。
163cm 70kg 握力右63kg左58kg 直球133km

175cm 57kg 握力右50kg左38kg 直球不明

指先にくる痺れるような痛みが、当時の僕にはもう戻れないのだと教えてくれた。

白い、ミットの音ボール陽の光僕の息世界空雲極彩色のプリズム。眩しい眩しい眩しい。

今、この瞬間になら、死んでもいいと思えた。
白い革と赤い糸が混じりあって空と混じり土と混じり僕の呼吸と混じりミットへと吸い込まれ、白い革と赤い糸と澄んだ空と土と僕の呼吸の立てる白い色は世界へと消えていく。
初めて、死んでもいいと思えた。