ようやく日常へ

 憂鬱だ。明々後日からテストが始まってしまう。なんでテストなんてものがこの世界に存在しているのだろう。俺と同じくらい存在する意味がないじゃないか。
 というような、実に疲れた顔をして北川が登校してきた。
 まあ、この時期は大抵の生徒は徹夜により疲労が溜まっているもんだ。もちろん俺もその例に漏れないわけで。(名雪は既に夢の中)
「どうした。そんなにテストがいやか」
「そういうんじゃねーよ」
「じゃあなんだよ」
「いや、昨日卒業文集みつけてさ」
「それで?」
「将来の夢、大学を卒業したあと営業職について、外回りは雀荘で時間を潰して35になるころには年収800万もらいたい。って書いてたんだよ」
「それいつの?」
「小学校」
「そうか。困ったもんだな」
「小学校入った頃は、パン屋のパンになりたいって書いてたのに…」
「パン屋に限定する意味がわからん」
 ていうか、よく残ってるな。俺なんて中学のすら残ってないぜ。紅白饅頭が大好物だと言うだけある。
「そんなやついないけどな」
「そうか? 俺は結構好きなんだが」
 あのパサついた感じがなんとも言えないよね。
「変なやつだなお前」
 これほど北川に言われたくない言葉も他にない。
「で、その文集の関係は?」
「いや、あまりの夢のなさに…な」
「今のガキはみんなそんな感じだろうし、気にするこっちゃねえだろ。ちなみに、中学のは?」
「高校生」
 もはや夢ではない。
「今は?」
「宝くじ成金」
「腐ってやがる」
「じゃあ宝くじで一発当てて、死ぬまで慎ましく生きていく」
「変わってねえし夢ねえよ」
 だが、北川がまだ夢見る少年であると、後日わかることになる。



 で、そのテストが夏休み前最後の試練として返って来た。結果に一喜一憂しているクラスメイトを横目に、後ろの北川に話かける。
「お前どうだった?」
「93」
「ふぅん……」
「お前は?」
「どうだった?」
 と、香里。余裕の顔で北川の答案をふんだくっていく。
「ちゃんと勉強して……え? ……えぇっ?」
 びっくりしてる。目を丸くして答案と北川の顔を交互に見比べてる。そんなに凝視しても現実は変わりませんよ、と教えてやるべきだろうか。
 香里は目を閉じて大きく息を吸い、
「このバカチン! 何考えてんのよっ!」
 と北川の頭をはたく。頭はえらくいい音をたてて机に着地した。相変わらず軽い頭である。でなければ全教科合計93点とか取れやしない。
「あ、あれほどっ、あれほど勉強しなさいって言ったでしょ! 海どーすんのよ!」
 しかし北川は肩を震わせるだけで何も答えない。傍目には打ち付けた額の痛みに耐えているように見えるこの男、実際はこの上ない喜びに浸っているのである。ドMなのである。
 ちなみ、海というのは夏休みに計画されている旅行のことである。3年の集中講義などの関係で前後させることができないため、今の日程が最終案でもある。そんでもって、赤点者の補習日でもある。
 誰よりも早く水着を買いに行った香里であるからして、怒るのも無理はない。
「ドMではないがな」
「んなことどうでもいいけどな」
「じゃあわざわざ嘘つくなよ」
「んなことより、お前勉強したのかよ。香里さんがお怒りだぞ」
「したよっ。これで駄目ならおかしいのは世界史だってくらいしたっつぅの!」
 と主張するのが↓。



 ※社会のテストは7月8日でした。




 それにしてもというか何と言うか、予想を上回るアホンダラである。
 ていうか、高校生の机にあっちゃいけないものが右の方に見えてる。
「お前、世界史何点だった?」
「2」
「マジに全部?って書いたのか」
「おー」
「すげぇな」
 アホだけど。
 足して言うと凄いアホだ。
「だろ?」
 って言った瞬間、北川の頭は机を粉砕していました。誰よりも楽しみにしていた手前、香里の怒りは半端ではない。
「でも、残念かな。折角水着も買ったのに」
 名雪である。
「何だ居たのか」
 存在感なくて寝てるのかと思ってたぜ。
「まあ、海には行ける奴だけで行けばいいだろ。みんな予定空けてるわけだし、中止ってのは別荘借りてくれた佐祐理さんにも悪いしな」
「……そうね、北川くんには悪いけど」
 ていうか、自業自得なので気にする必要もないのである。
 成績優秀者は海でウホホーイすればよいのである。



 で、皆が海でキャッキャウフフしてる頃、俺たちは教室で補習受けてたわけで。
「ていうか、おまえ……海は?」
「補習優先だろ」
「いや、そりゃまあそうだけど、なんかズルくね?」
「なにがよ」
「いや、テスト返ってきた日、俺だけ殴られてたじゃん」
「それはお前アレだろ。俺とお前のオツムの出来だよ」
 まあ正確には北川の惨事を目の当たりにして言い出せなくなっただけなんだけど。
「それなら俺は馬鹿でいい」
「カッコいいこと言っても何も変わらんから」
「ていうか、お前勉強した?」
「いや、ニコニコ動画でダニーの冒険見てた。お前が教えてくれたやつ」
「あぁ、アレな」
「つい、な」
「熱いな」
「な」