佑北


 北川が唐突に、
「バイトしようぜ!」
 とやたらいい顔で言った。オイドンいい事思いついたとですよ! って感じが言わんでも伝わってくる。
 俺はと言えば、北川の言葉が俺にむけてのものだと少しの間わかっていなかった。教師に名前を呼ばれ、立ち上がった際の北川の発言がそれだったからだ。
「はぁ。なんでまた急に」
 まあ、多分昨日の会話(前日の祐一の日記参照)*1の続きなんだろうけど。
「お前はあれか? 昨日の話題から今まで頭使うことなかったのか? 昨日から今は一直線で繋がってんのか?」
「北川、廊下に立っとれ」
「昼は高校生。夜は――」
 聞こえん。なに話しながら廊下に立ってんだよ。
「夜がなんだって?」
「いや、昨日の新聞に求人広告入ってたろ。今それ思い出した」
 聞き間違えにも程がある。
「誰がキチガイか!」
 どんな耳しとるねん。
「アンテナの角度が悪いんじゃボケ! モノローグなんか中途半端に受信してんじゃねえよ!」
「で、どうする?」
「いや、聞けよ。それと廊下に立たされてる人間が窓開けるな」
「いや、ほら……反省はしてるから」
「とてもじゃないがそうは見えんぞ。まあ俺の授業じゃないから別にええけど」
「お前も立っとれ相沢!」
 担任から有り難いお叱りを受けた。ついでに必殺のチョーク投げも。しかし横目でそれを見ていた俺は耳に蓋をすることで前者を、スウェーで後者を避けた。
「馬鹿ね」
 呟くような香里の声が聞こえた。んなことよりこめかみに刺さったチョークについて突っ込みが欲しかった。



「で? どんなバイトすんのよ?」
「妥当なとこで居酒屋とかどうよ」
「居酒屋か…」
 しばし考える。確かに妥当ではある。
「でもなぁ…。居酒屋ってあれだろ? 言わば酔っ払いの相手だろ?」
「そうだな」
「確か欝陶しいのとか殺しちゃってもよかったんだっけ? 害悪だし」
「お前はどこの王様やねん。そういうのはあれだよ『あちらのお客様からで〜す』って」
「いや、意味わからん」
「右ストレートを叩き込む。がしゃーん!と」
「がしゃーん!てチミィ!ガラス割れとるがな!」
「うん。頑張ろうな」
 なんかもうどうでもよくなった。



 購買部で履歴書を買って早速面接受けることになった。
「北川さんは今までバイトの経験はありますか?」
「はい。民家を回る電話会社のバイトで、お風呂上りのものっそ可愛い人妻と話こんだことあります」 
 んなこと聞かれてない。というか風呂上りかよ。
「なるほど。それは羨ましい」
 いや、羨ましいけどさ。羨ましいけどさ! その時間に尋ねちゃいかんだろ。くそっ。
「ちゃんと昼に尋ねたに決まってるだろ」
 そうか。昼にお風呂か。妄想ではちきれんばかりだよ。いけないところが。北川への不満で堪忍袋もはちきれそうだが。くそ、「」はもう必要ない時代なのか。
「趣味にパソコンと読書とありますけれど、何か資格等はお持ちですか?」
「資格は持っていませんがエクセル等の簡単な打ち込みはできます。あとRead&WriteというHP持ってます。ハンドル名はRyo-Tです。履歴書のメールアドレスでホットメールもしてますんで暇でしたら話し掛けてください」
 うわぁ……。こいつホンマもんのアホやぁ……。りょーとさんに殺されてしまうで。
 こんなんまで相手にせにゃならんとは、面接官も大変やわ。
「なるほど。わかりました。では相沢さん」
「はい」
「相沢さんはアルバイトの経験はありますか?」
「はい。引っ越しする前はスーパーで働いてました」
「資格等は?」
「いえ、一緒です。HP運営するくらいです。ちなみに黒い紙っぺら、略して黒紙というサイトなので暇でしたら見てください射精!*2
「なるほど……」
 履歴書に頷く面接官をみて、嗚呼…落ちたな、と思った。



 受かってた。働く前から言いようのない不安が湧いてきた。

続く*3

*1:存在しません!

*2:しゃせー(いらっしゃいませの意)

*3:続きませんけどね